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正しいウォーキングに欠かせない5つの重要なポイント

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正しい歩き方とは何だろうか?

・・・それは、"背中で歩く"、ということらしい。


「からだが変わる体幹ウォーキング」は、体全体を使った自然なウォーキングの仕組みを図解で丁寧に解説している本だ。

著者の金哲彦さんは箱根駅伝の選手、実業団の選手、コーチ、監督などを経て、30年以上もランニングやウォーキングに携わってきたスペシャリスト。著書も多く、一般の人に走り方や歩き方の仕組みをわかりやすく説明している。

金哲彦さんが紹介する"体幹"を意識したウォーキング方法は、無駄なく自然に体全体を使うことができる運動方法でもある。

"簡単に言えば、体幹というのは身体の胴体部分のこと。ここには、歩いたり走ったりする際にポイントとなる背中、お腹、お尻などの筋肉、骨盤があります。これらの筋肉は、腕や脚の筋肉に比べてとても大きく、その分、大きな力を生み出すパワーをもっています。そのため、体幹を使って歩くことは、ラクに大きな運動量をこなす結果になるのです。"

大きく分けて、体幹を意識した無駄のない歩き方をするためのポイントは5つあるようだ。順番に紹介していこう。


1.スタートは肩甲骨を動かすことから!

まずは体の仕組みだが、背中の肩甲骨が動くと、骨盤、脚へと自然と伝わっていく。

"歩き出しは上半身から始まります。そして、この際に重要な役割を果たすのが、肩甲骨とその周辺の筋肉です。肩甲骨を動かすことで骨盤の動きを促し、骨盤の動きに脚がついてくるという一連の流れです。これが繰り返されて、歩いたり走ったりすることにつながります。"

実践してみて分かったのだが、背中の肩甲骨を意識して歩くと、体全体を使うことができる。そういう身体の仕組みになっているようなのだ。そして、肩甲骨を動かすには、肘を体より後ろにふるだけでいい。

"腕振りを過剰に意識するよりも、「肘を(自分の体側より)後ろに引く」ことさえできていれば、それでいいのです。そうすれば、自然に肩甲骨は動きますし、腕も振れることになります。"

これを、"背中で歩く"という。つまり、背中の右側と左側が交互に動くことで、自然と脚が動く。もし、普段の歩き方が不安定な人は実践してみてほしい。見違えるように楽に歩くことができるようになるはずだ。

また、通勤の際などは片手に荷物を持っていることが多いが、そんなときの歩き方についても丁寧に書かれている。

"そうはいっても、「通勤ウォーキング」などでは、片手で鞄などの荷物を持たなければいけないことも多いでしょう。そういうときは、時々荷物を持ち替えて歩くようにしてください。さらに、信号待ちなどで立ち止まったときは、荷物は必ず両手を使って身体の後ろで持つようにして、正しい立ち方の姿勢をつくることを忘れないでください。"

これも重要。信号待ちの時に身体の後ろで荷物を持っているだけで、肩甲骨が正しい位置を思い出してくれるため、再び歩き始めたときにスムーズに歩き出すことができるのだ。


2.肩甲骨で骨盤を動かす!骨盤は前傾で!

骨盤は、肩甲骨の動きを脚に伝えるために重要な役割を果たしている。

"体幹ウォーキングでは、骨盤と身体全体を少し前傾させ、重心を前にもってきて、前向きの推進力として大きなパワーにします。"

骨盤、といっても、なかなか意識できない人は、少しお尻を上げる感じで歩くとよいかもしれない。うまくできれば全身で歩いているような間隔になるはずだ。


3.おなかの下と背中に力を入れて、着地は体全体で!

全体のバランスを取るために一番重要なのは、"丹田"と呼ばれる部分。

"正しい着地を可能にするのは、丹田にきちんと力が入っていればこそ。ですから着地時には、お腹とお尻の筋肉に軽く力を入れておく必要があります。"

丹田というのは、おへそから4-5センチくらい下のあたり。ここに力を入れて歩くと、重心が安定する。常に意識して歩けば、ふらつくことなく負担の少ない歩き方になるはずだ。


4.目線は10m前へ!

目線も重要だ。下ばかり見ていては猫背になってしまうので、前を見よう!

"目線ですが、歩いているときはいつも、一〇メートルほど先を見るようにしましょう。"


5.つま先はまっすぐ前に!

つま先は、とにかく普通にまっすぐ。変な方向での着地は脚を痛める恐れがある。

"「立ち方」のところで、つま先はできるだけ正面に向けてください、と述べましたが、歩いている最中も同じです。"


正しいウォーキングはモデルと同じ!

実は、このウォーキング方法は、ファッションショーのモデルが実践している方法と近い。脚を交差させるほど大げさにする必要はないが、モデルが実践する歩き方のように、しっかりした軸を持って歩くと正しい歩き方になるようだ。

"いわゆるモデル歩きは、やや大げさな動きではありますが、正しい歩き方だというのが正解です。つまり、「身体に一本の軸をもち、きちんと胸を開き、骨盤をしっかり動かして歩いている」という点で、まさしく正しい歩き方なのです。"

先日、久々のジョギングで右膝を痛めてしまった。おそらくバランスが悪い走り方をしているためではないだろうか。そう考えて、まずは正しい立ち方、歩き方から学んでみることにしたのだが、この方法なら無理なくずんずん歩いて行けそうだ。

この本は、とにかく実践的に書かれているので、ぜひ読んでみてほしい。ポイントは、背中で歩くこと!


◇参考

からだが変わる体幹ウォーキング (金哲彦)

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[書評] 日本は悪くない

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今、私たちはどんな経済政策を選択すれば良いのか?

「日本は悪くない」は池田勇人内閣の所得倍増計画を支えた大蔵省(現・財務省)出身の経済学博士、下村治氏の著書だ。執筆は1987年と古く、当時の日米貿易摩擦で外圧に揺れる日本国民に対し、悪いのは輸出が多い日本ではなく、内需に見合う生産力のないアメリカだと論理的にわかりやすい言葉で解説している。

日米貿易摩擦は過去の話だが、日本の中枢で高度経済成長を支えた下村治氏の哲学は、今でも読む価値がある。

"私が日頃から心がけていることは、物事を冷静に、偏見にとらわれず見る、ということだけである。"


・何のための経済なのか?

下村氏は、何よりもまず国民経済を重視する。国家の経済政策に重要なのは国民経済を維持・成長させることだ。国家の中心で経済と戦ってきた経験がある人物だけに、そのシンプルな主張には説得力がある。

"本当の意味での国民経済とは何であろうか。それは、日本で言うと、この日本列島で生活している一億二千万人が、どうやって食べどうやって生きて行くかという問題である。この一億二千万人は日本列島で生活するという運命から逃れることはできない。そういう前提で生きている。中には外国に脱出する者があっても、それは例外的である。全員がこの四つの島で生涯を過ごす運命にある。その一億二千万人が、どうやって雇用を確保し、所得水準を上げ、生活の安定を享受するか、これが国民経済である。"

では、国民経済を守り、育てるためには何をすれば良いのだろうか?


・国民経済を成長させる方法は?

国内の弱い産業は保護して育てる。そして、成長したら国際経済に組み込む。国民経済の成長には、保護主義と自由主義のバランスが重要なのかもしれない。下村氏は、国際的な規制緩和が過度に重視される最近の傾向について、痛烈な批判を展開している。

"ましてや、自由貿易のために政治経済が存在するのでは決してない。それなのに、あたかも自由貿易が人類最高の知恵であり宝であり、犯すべからざる神聖な領域であるかのように言うのは、一体どういう思考の仕方をしているのだろうか。むしろ、敢えて言うなら保護主義こそ国際経済の基本ではないだろうか。まず自国の経済を確立するためには弱い部分を保護する必要がある。そうしなければ、芽も出せないまま消滅してしまうからだ。また、国内の産業が確立できないまま世界市場に組み入れられてしまえば、清朝のように半植民地化されるのがオチである。"

ではなぜ近年、国民経済が軽視されてきたのだろうか?


・なぜ国民経済が軽視されたか?

下村氏の分析は鋭い。国民経済と真っ向から対立する多国籍企業の論理が幅を利かせているというのが現状のようだ。

"ところで、私は、アメリカ政府が自由貿易主義を金科玉条にする背後には、多国籍企業の論理が存在するためだと考える。多国籍企業というのは国民経済の利点についてはまったく考えない。ところが、アメリカの経済思想には多国籍企業の思想が強く反映しているため、どうしても国民経済を無視しがちになってしまう。"

具体的には、多国籍企業の論理とはどのようなものだろうか?


・多国籍企業の論理とは?

多国籍企業の株主は、その企業が利益を上げればそれで良い。しかし、特定の地域の住民からすれば、工場が自分たちの領域になくては収入が得られない。次のような例が挙げられている。

"トヨタがアメリカでどのような車をつくろうと関係はない。それは、トヨタという企業の問題であり、従業員の問題とは別だからだ。この点が混同されてしまっている。極端にいって、アメリカがうるさいからといってトヨタが国内の全工場をアメリカに移転したらどうなるか。トヨタはそれでも利益が上がるだろうが、トヨタに勤めていた人たちは路頭に迷ってしまう。これはどういう状況かと言うと、トヨタという企業が日本の国民経済から足を洗ってアメリカの国民経済に参入した、ということである。決して、日本の国民経済がアメリカに進出したのではない。"

つまるところ、国民経済を成長させるためには、国内のすべての場所に産業が必要なのだろう。確かに、近年のアメリカが国民の生活を過度なアウトソーシングで脅かしているように見えるのも、多国籍企業の株主の観点に立ってみれば合理的だったに違いない。


・経済成長のためには何が必要なのか?

経済成長には何が必要なのか?下村氏の論理で整理してみよう。

まず、国民の生活を向上させるためには、就業機会の確保が不可欠だ。

"何度も言うように、経済活動はその国の国民が生きて行くためにある。国民の生活をいかに向上させるか、雇用をいかに高めるか、したがって、付加価値生産性の高い就業機会をいかにしてつくるか、ということが経済の基本でなければいけない。"

そして、就業機会を確保するためには、需要が高まるようなイノベーションが必要だ。

"まずイノベーションが起こって生産性が向上し、それによって付加価値生産性の高い就業機会が増える。そうすると、その新しい就業機会(産業)はより多くの生産物をつくり出すようになる。こうして生産が増える、つまりGNPが増えるという状態、それが経済成長の実態である。"

イノベーションによる産業の芽を育てるためには、まず保護することが不可欠だ。

"それぞれの国には生きるために維持すべき最低の条件がある。これを無視した自由貿易は百害あって一利なしといってよい。"

つまり、国際政治の力で自国の弱い産業を守る努力と、強い産業を国際競争に組み込み戦わせるという、両面のバランスが重要なのではないだろうか。

もし下村治の哲学に興味のある方は、沢木 耕太郎著「危機の宰相」も読んでみてほしい。


◇参考

日本は悪くない―悪いのはアメリカだ (下村治)


危機の宰相 (沢木 耕太郎)

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[書評] 国家の謀略

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国家がインテリジェンスに力を入れるのは、なぜなのか?

「国家の謀略」は元外務省国際情報局の分析第一課主任分析官である佐藤優氏の著作だ。現在は起訴休職外務事務官という肩書きであり、ロシア、イスラエルに詳しいインテリジェンスの専門家として知られている。著書に書かれている佐藤氏のインテリジェンス論を少しだけ紹介しよう。


・インテリジェンスとは?

佐藤氏によれば、インテリジェンスの定義は次の通り。

"謀略とは、こちらの弱点をできるだけ隠し、有利な点を誇張することにより、実力以上の成果を相手から獲得することである。"

つまり、インテリジェンスは何らかの成果を得るという目的があっての行動だ。言い換えれば、自分が有利になるような価値のある情報を入手するか、自分が有利になるような行動を相手にさせることだろう。

情報の入手の原則については、次のように述べられている。

"ヒュミントの世界には価値ある情報を入手できるかどうかの基準が2つある。第1は協力者がこちら側の知りたがっている情報を入手できる立場にいるかどうか。第2に協力者が入手した情報を正確に教えてくれるかである。"

相手の行動に影響を与える方法については、次の通り。

"イギリスの対敵謀略宣伝本部クルー・ハウスは宣伝を「他人が影響を受けるように物事を陳述すること」と定義したが、これは簡潔で、実際的な定義だ。"

どちらも非常に簡潔な表現だが、この原則をふまえた上で、あらゆる手を尽くすのがインテリジェンスの世界と言えるだろう。


・日本がインテリジェンスを使いこなすには?

苦労して得た情報は、使われなければ意味がない。どのように使うべきだろうか?

佐藤氏はインテリジェンスを使いこなせる理想的な国家の仕組みについても言及している。

"国家首脳は、分野別に専門能力の高いインテリジェンス専門家を数名選び、首脳が関心をもつ事項についてのみ当該専門家に真実を率直に語ることを命ずる。各専門家は自己の専門分野についてのみ意見を述べ、専門知識のない分野について余計なことは言わない。"

日本には様々なインテリジェンスに関わる機関があるが、最終的な判断は1人の政治家の決断にゆだねられる。情報を正しく使うためには、都合の悪い情報をもたらす専門家を排除せず、常にバランスのとれた公正な組織を維持することが重要なのかもしれない。


・日本とはどんな国か?

ところで、世界から見た日本はどんな国だろうか?

佐藤氏は国際的な視点から、日本の思想や宗教観についても分析している。

"「日本人は、宗教に疎い」ということがよく言われているが、それは違う。文化庁が毎年発行する『宗教年鑑』によれば神道系、仏教系、キリスト教系の信者だけでのべ2億人を超えている。日本人には、宗教混淆(シンクレティズム)という独特の宗教観、すなわち子供のときは七五三のお宮参り、結婚式はキリスト教、葬式は仏教であることに違和感をもたない。宗教が過剰になっているのである。"

実は日本は宗教過剰だった。宗教混淆(シンクレティズム)という独特の宗教観は日本人の持つ独特なパワーの源なのかもしれない。


・国家がインテリジェンスに力を入れる理由とは?

私感だが、インテリジェンスの分野からは、国民の世論と、政策を担当する重要人物の考え方、という2つの異なる要素が国家の意思決定を左右しているように見えるのではないか。国家に限らず、組織の意思決定のプロセスに関する情報を収集し、その脆弱性を具体的に分析する行動こそがインテリジェンスであり、国家にとって、欠かすことのできない機能なのかもしれない。


◇参考

国家の謀略(佐藤 優)

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[書評] ちょっと自慢のパリごはん

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「ちょっと自慢のパリごはん」は、料理研究家の脇雅世さんが書いたフランス料理のレシピ本だ。

コンセプトは次の通り。

"パリっ子のふだんの食卓にみつけたおいしい知恵とワザをお届け"

パリで修行した脇雅世さんはマツダ・レーシング・チームの料理長として24時間耐久レース「ル・マン」に参戦した経験もある。フランスの家庭料理の技術だけでなく、その背景となる考え方や文化にも通じていて、パリっ子が日常的に作っている料理を日本でも簡単に作れるように紹介している。

中でも特にラタトゥイユの作り方の解説には新鮮な驚きがあったので、少しだけ紹介したい。


・おいしいラタトゥイユを作るには?

ラタトゥイユとは、なす、ズッキーニ、パプリカ、トマト、たまねぎなどの色とりどりの夏野菜をオリーブオイルで炒めて煮込んだ料理。華やかで、野菜をだれでも簡単においしく食べられる最高の料理だ。脇雅世さんによれば、その極意は「野菜に汗をかかせる」ということ。

"フランスで教わったのは、たっぷりのオリーブ油でひとつの野菜を炒めたら油をザルで濾して、その油で次の野菜を炒める。それを繰り返すというものでした。ただし野菜は、硬さも形状も密度もそれぞれ違うため火の通り方も違います。どの程度いためればいいのかは作り慣れていただくしかないのですが、よくいわれるのは、野菜に汗をかかせるようにするということ。野菜が「熱いよー」とジワーッと汗をかいてきて、ほんのり少し焦げ目もついてきたくらいが目安です。"

実際に作ってみたところ、1時間弱でおいしいラタトゥイユが完成した。

冷蔵庫で保存しても翌日おいしく食べられるので、休日にたくさん作ってみてはいかが?


◇参考

ちょっと自慢のパリごはん (脇 雅世)

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[書評] コーチングの神様が教える「できる人」の法則

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最強のビジネス・リーダーになるためには、なにが必要なのか?

「コーチングの神様が教える「できる人」の法則」は、すでに数々の成功を収めつつあるエリート・ビジネスマンを、さらに上のトップ・エグゼクティブへと変えるために必要なアドバイスの極意をまとめた本だ。

著者のマーシャル・ゴールドスミス氏はエグゼクティブ・コーチングを専門とする人物で、ジャック・ウェルチ元GE会長などをはじめ、世界的大企業の経営者80人以上をコーチしたことで知られている。訳者あとがきによればコーチング料は25万ドル。そんなコーチングのプロが会得した極意の中から、私の印象に残った内容を少しだけ紹介したい。


・自分を変えるには?

コーチングとは、個人の能力を可能な限り引き出すための人材開発の方法。中でもゴールドスミス氏がコーチングの対象としている顧客は、すでに世界的大企業で目覚ましい出世を遂げている人物だ。たいていは、CEOなどのトップ・エグゼクティブが、ある人物を自分の後継者として育てたいと思った時にコーチングが始まることになる。

原著のタイトルは「What Got You Here Won’t Get You There」。つまり、あなたがこれまでに遂げてきた数々の成功で得た経験や能力は、これから必要になるものとは違います。だから、変化が必要です!ということ。そして、コーチングで最も困難なことは、過去の成功体験から自信を持っているエリート・ビジネスマンにどうやって変化を受け入れさせるか?という点なのだ。ゴールドスミス氏は、その極意を次のように書いている。

"私の経験では、自分が心から価値を置くものが脅かされて初めて、人は変わろうとする。"

たとえば、現状のあなたは順調に仕事をこなしているから、目先の仕事は成功するだろう。しかし長い目で見れば、あなたは自分のちょっとした悪い癖のせいで将来、家族や仕事を失うかもしれない。そういった問題があるということをきちんと認識すれば、人は変わることができるのだ。

著書の中では、変化させるべき項目としてリーダシップの行動にかかわる20の悪い癖が紹介されている。結論は意外とありきたりだが、具体例に富んでいて参考になる内容が多かった。中でも、私が特に印象に残った具体例を3つ、順番に紹介していこう。


・素直になろう!

ゴールドスミス氏いわく、たとえ大企業の経営者になったって、素直が一番。こんなユニークな体験が挙げられている。

"二八歳のとき、ニューヨークの超高級フレンチ・レストラン《ル・ペリゴール》で一人で食事をしたときのこと。そのようなレストランに私はそれまで行ったことがなかった。ウエイターはタキシードを着込み、近寄りがたいフランス語訛りで話していた。私はウエイターに、正直に告白した。私はこの雰囲気に気おされていること、チップも含めて一〇〇ドルしか食事に使えないこと、手書きのフランス語で書かれたメニューを読めないことを話した。(略)私が自分は田舎者だと認めたら、レストランのスタッフはそれに応えて、私を太陽王ルイ一四世のようにもてなしてくれた。"


・相手の話を聞く!

また、ゴールドスミス氏は、たとえ短い時間であったとしても、対面する相手に全力で注目する行動こそがリーダーに不可欠な能力だと述べている。たとえば、ビル・クリントン氏の次のような行動がお手本だ。

"国家元首であろうが、ベルボーイであろうが、ビル・クリントンは話しかけられているとき、その場にはあなたしか存在しないかのように聞く。彼の目からボディランゲージまですべてのものが、あなたの話に聞き入って身動きできないと伝える。彼は、彼がいかに重要かではなく、あなたがいかに重要かを伝える。"

ある年老いたエグゼクティブも、同様の行動で人望を得ているようだ。

"ロンドンのレストランである年老いたエグゼクティブがいつも世界屈指の美女をともなって食事をしているのを見かけるという。彼は、ハンサムなわけでも異性を惹きつける魅力があるわけでもない。背が低く二重あごで、太りすぎているし、はげていて、年齢は優に七〇歳を超えている。友人は一人の女性に、どうしてこの男に魅力を感じるのかと尋ねた。彼女はこう答えた。「彼はぜったいに私から目をそらさないの。女王様が入ってきても、彼は目をそらさないで、一〇〇%私に注意を向けていると思う。それって抵抗しがたいわ。」"


・本当に大事な物を見失わないこと!

自分の行動を変えようとする時は、その目的が重要だ。目先のノルマを達成しても会社が成長するとは限らないし、たくさんお金を稼いでも家族が幸せになるとは限らない。重要なのは自分のミッションの全体像を常に把握することだ。著書では次のような失敗例が述べられている。

"広い意味で「目的に執着する」ということは、自分の目的達成に夢中になるあまり、さらに大きなミッションを犠牲にしてしまうような行動を指す。人生に何を求めるかを誤解するところからこれは始まる。"

たとえば、今の私だったら「家族や周りの人と楽しい時間を過ごすこと」「新しいものを作って世界の役に立つこと」が大きなミッションだ。たとえ目先のチャンスがあっても、このミッションに反する行動はするべきではないと思う。

みなさんのミッションは何だろうか。ゴールドスミス氏の著書は、自分を見つめ直す良い機会にもなる。


◇参考

コーチングの神様が教える「できる人」の法則(マーシャル・ゴールドスミス)

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[書評] 戦争プロパガンダ10の法則

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戦争はどうしておこるのか?この素朴な疑問に答えるには「戦争プロパガンダ10の法則」を読んでみるのもいいかもしれない。

「戦争プロパガンダ10の法則」はアンヌ・モレリ氏による著作だ。ブリュッセル自由大学の歴史批評学教授をつとめるモレリ氏は、国家が総力を挙げて参戦するという決断の背景を深く分析している。戦争には国内世論の後押しが不可欠だが、その世論に影響を与える発言、報道、宣伝といった活動の役割は大きいようだ。

戦場に向かう兵士の目的は家族や国を守ることであったり、自由で民主的な世界を創るためであったり、世界を平和にするためだったりする。誰も戦争を望んでいなかったはずなのに、国家が戦争を始めることがあるのはなぜなのか?戦争を止める方法はあるのか?考えさせられる1冊だ。


・なぜ、世論は戦争を支持してしまうのか?

9.11以降、アメリカが国を挙げてアフガニスタンとイラクでの戦争に突入していった経緯は記憶に新しい。あの戦争を最初から望んでいた人がいたのかどうかは知らないが、世論の大半は徐々に戦争を支持していたように見えた。最終的に世界で多くの軍人と民間人の犠牲者を出すに至ったが、そのきっかけはアメリカの国内世論の高まりだろう。

モレリ氏は戦争の時に国家が発するメッセージには次の10の特徴があると本の中で解説している。これは昔、日本が戦争に突入したときにも当てはまる点が多いようだ。最近のアメリカの戦争にも当てはまる点が多いような気がする。国家やメディアがこのようなメッセージを発している時、特に敵対する国家の指導者のイメージが極端に悪く報じられている時などは、少し疑ってみることが戦争防止への一つの方法かもしれない。

1.われわれは戦争をしたくはない
2.しかし敵側が一方的に戦争を望んだ
3.敵の指導者は悪魔のような人間だ
4.われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う
5.われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる
6.敵は卑劣な兵器や戦略を用いている
7.われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大
8.芸術家や知識人も正義の戦いを支持している
9.われわれの大義は神聖なものである
10.この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である


・歴史学からみれば、敵も味方も変わらない!

モレリ氏は、一方的に反戦やマスメディア批判を展開しているわけではない。純粋に歴史学の立場から過去の戦争を分析している。個々の戦争においては、最初にきっかけをつくった国や、非人道的な行為を行なった軍人、戦争を望んだ指導者は責められるべきである。しかし、戦争中にはその事実が判明しないことが多く、安易に報道を信じるべきではないようだ。戦時においては、双方が同じような世論に陥ることがあるという。

"私が言いたいのは、加害者も被害者も同じだということではない。ただ、敵対状態にある双方が、同じ言葉を用いているという事実を指摘しているだけである。"


・歴史を学ぼう!

歴史は繰り返す。バブル景気も戦争も、大きな時間の流れの中で世論が盛り上がっていくタイプの現象だ。実際に関わっている人はその都度違うから、なかなか個人の経験では対応できないことが多い。そこで、歴史をしっかりと学び、先人の陥った過ちを繰り返さない努力をすべきだろう。歴史を学ばなければ、現代人も意外と安易に戦争の罠にはまってしまうかもしれない。

"本書でとりあげたプロパガンダの法則は、たしかにこれまで実践されてきたものの、現代にはもう通用しない、今後はもう繰り返されることはないだろう、と思う読者もいるだろう。われわれは過去の人間よりも知恵がついているという意見、また、この法則の普遍性を疑う意見もあろう。だが、たとえありえないことに思えても、今後も必ず「攻撃」はおこなわれるし、「善と悪の戦い」も「敵の指導者の醜悪化」も繰り返されることだろう。"

歴史的に見れば、いざというときに戦争を支持してしまう人は案外多い。気をつけよう!


◇参考

戦争プロパガンダ 10の法則(アンヌ・モレリ)

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[書評] 貧困のない世界を創る

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「貧困のない世界を創る」はムハマド・ユヌス氏の著作だ。ユヌス氏はバングラデシュでグラミン銀行総裁をつとめる人物で、2006年度のノーベル平和賞受賞者でもある。

ユヌス氏が創設したグラミン銀行は、貧困層に無担保でお金を貸し小規模な起業を勧めるプロジェクトとして大成功をおさめた。従来の貧困撲滅プロジェクトとは異なり、その活動が慈善事業ではなく正真正銘のビジネスである点が世界から注目を集めている。しかも貧困を撲滅できるマイクロファイナンスというアプローチをバングラデシュという発展途上国で大規模に実証しているところが、ノーベル平和賞にふさわしい。

著書「貧困のない世界を創る」では、その活動の思想である「ソーシャル・ビジネス」の概念とグラミン銀行創設前後の体験談をまとめてある。その「型破りな銀行家」としての活動は多くの人の既成概念を破壊するものだったと思われるので、私なりに紹介してみることにする。


・マイクロクレジットとは?

ユヌス氏が率いるグラミン銀行は、画期的な貧困撲滅の方法を生み出した。貧しい人に担保なしで小額のお金を貸すマイクロファイナンスという方法だ。

"グラミン銀行では、まずクレジットに焦点を当てた。貧しい人々が貧困から脱出するのを助けるためのまさに第一歩として、文字通り、現金を貧しい人々に与えたのだ。ほとんどの貧困撲滅プログラムはほかのことから始めるので、これは型破りの戦略だった。"

この戦略は大きな成功を収めているが、特徴的なポイントは2つある。

1つは、お金を借りた人にビジネスを始めるためのアドバイスをしている点だ。お金をそのまま食費や生活費に充てるのではなく、売れる物やサービスを自分で見つけ、それを必要な人へ提供する方法を自分で見つけてもらうことを支援する。今風に言えば起業ということになるが、新しいビジネスを企画するというよりは家族の生活が成り立つ程度の商売を始めるというレベルを目指しているようだ。

2つめは、借り手に5人くらいのグループを作ってもらい、定期的にミーティングをしてもらうというスケーラブルな相互支援システムだ。借り手の主なターゲットは主婦だが、初めてお金を借りるというのはプレッシャーも高い。しかし、グループを組んでお互いの商売の状況や借金の返済有無などを話し合うことで、苦しい時に新たな突破口を見つけたり、返済をがんばるモチベーションも湧いてくるようだ。ライバルでもあり、仲間でもあるという相互支援のコミュニティはかなりプラスに働くとユヌス氏は指摘している。


・仮定を否定!型破りな経済学。

グラミン銀行は型破りな銀行だ。どのような発想で誕生したのだろうか。

"従来の経済学の考えでは、貧しい人々にクレジットを広げようとすることは、革命的なステップであった。それは、担保なしで融資を行うことはできないという、伝統的な考え方を無視することを意味していた。"

今まで、貧しい人々にお金を貸すというのはとてもリスクの高い行為だと思われていたため、借りた人が支払う利子の額も高く設定されていた。貧しい人はお金を借りてもそれを返済するための収入源がないと考えられるからだ。しかし、ユヌス氏はこのような今までの経済学の仮定は単純すぎると指摘する。その仮定とは次のようなものだ。

仮定1:あらゆる人々が利益を最大にしたいという願望で純粋に動機づけられている
仮定2:貧困問題の解決策はすべて雇用を作り出すことにある
仮定3:彼らには技能がないから貧しい

まず仮定1についてだが、現在のビジネスはほとんどが営利企業で、売り上げから従業員の給料や事業にかかった費用を差し引いた利益を株主に還元するというモデルになっている。しかし、ユヌス氏は必ずしも株主は金銭による配当だけを望んではいないと指摘する。たとえば、自分の出資が貧困撲滅に役立つのなら、出資してくれる人はいるはずだと考えている。事実、多額の寄付を行なう人はたくさん存在しているのだから、利益はなくとも出資金が戻ってくるグラミン銀行のようなソーシャル・ビジネスに投資する人は少なからず存在するはずだ。リターンはお金ではなく社会貢献ということかな。

"ソーシャル・ビジネスに投資すれば出資金は返ってくるし、自ら金を稼いで自立する企業の所有権を保有することになる。だから、特に世界をもっと良くする手助けをしたいと願っている裕福な人からの個人拠出は、ソーシャル・ビジネスの主要な資金源になるはずだ。"

次に仮定2だが、現在の貧困撲滅策は、政府による公共事業か国際機関による人道援助が主流だ。しかし、ユヌス氏は大きな公共事業による雇用の創出や寄付などの一時的な解決策を与えるのではなく、貧しい人自身がイニシアティブをもって取り組むための起業の資金とアドバイスを与えることで、持続可能な解決策を提示している。

"一般に、私は寄贈や施し物には反対だ。人々からイニシアティブと責任を取り去るからである。もし人々が、そういったものを「ただで」受け取ることができることを知れば、彼らはエネルギーや技術を、何かを達成するのに使うより、むしろ「ただの」ものを追いかけるのに費やしがちである。施し物によって、自助努力や自信より、むしろ依存を奨励する形になってしまうのだ。"

最後に仮定3だが、実は貧しい人の能力はかなり過小評価されている。大企業の主要ポストですぐにビジネスに加わるのは無理かもしれないが、ちゃんと資金とアドバイスがあれば、小規模な家計を支えるビジネスを立ち上げる能力は十分にあるとユヌス氏は指摘する。これは、すでにグラミン銀行が実践して証明してきたことである。

"売れる製品やサービスを作り出す方法を見つけ、それらを必要とする人に直接売ることで、人々が自己雇用で生計を立てることなど、経済学の論文にはまったく書かれていない。"


・先入観なし!ユヌス氏の大実験。

では、ユヌス氏はどのようにこのグラミン銀行を立ち上げることができたのか?著書の中では次のように述べられている。

"これほど革新的な方法を実現に導いたのは、学者としての論理的な方法論の組み立てと、現場主義、そして先入観を持たなかった点が大きい。"

ユヌス氏には、経済学の知識と論理的な思考力、そして人を動かす地位があった。大規模な貧困に直面したバングラデシュで実際に貧しい人のもとを訪ね、必要な支援は何か見極めたうえで答えを見いだしたようだ。

"三〇年以上も前に、私がジョブラ村で貧しい人々を支援するための取り組みを始めたときには、私は銀行員ではなく、経済学の教授だった。"

しかし、ユヌス氏に銀行での業務経験はない。これは一見マイナスの要素だが、そのために先入観なくお金の流れを一から考え直すことができたのだろう。従来の銀行員と顧客の間の垣根を取り払い、銀行がアドバイスをしながら借り手同士がお互いに支え合うことのできるスケーラブルな銀行システムの運営は、近年のIT技術の発展などの機をとらえて実現できたブレークスルーなのかもしれない。

"私が訓練を受けた銀行員でなく、実際の銀行業務について一つの教えも受けたことさえないという事実のために、先入観もなく、貸し借りを行なう過程について自由に考えることができたのだ。もし私が銀行員であったならきっと、銀行のシステムが貧しい人々に対してどのように役立つかなど、決して探ろうとはしなかったであろう。"


・グラミン・ファミリー

ユヌス氏の目的は、そもそもグラミン銀行の創設ではなく、貧困の撲滅だった。そのため、グラミン銀行創設に至った方法と同じ考え方で次々と雇用の生まれるソーシャルビジネスの拡大を図ってきた。今では25にものぼる企業群は「グラミン・ファミリー」と称されている。

"その実験からおよそ二〇年が経って、私たちは気付くと二五もの組織を運営していた。そして、しばしば集合的に「グラミン・ファミリー」と呼ばれることもある。"

代表的な例としては、グラミン・フォンが挙げられる。携帯電話を貸与するビジネスだが、このビジネスには貧しい人に安価な電話サービスを提供できるメリットと、貧しい人々に貸与ビジネスに参加してもらえるというメリットがある。これまでの公共事業と異なるのは、個々の従業員に出身地域に密着したサービスをさせている点だ。関わっているメンバは、小規模な地元エリアでユーザの開拓とサービスの提供を行なう支店の経営者として、グラミン銀行から少額の資金を借りることになる。あくまでイニシアティブは個人にあるというのがソーシャル・ビジネスの原則だ。

"グラミン・フォンは、今ではバングラデシュで最も大きな企業である。グラミン・フォンのサポートで運営されているビレッジフォン・プロジェクト(村の電話プロジェクト)では、約三〇万人の女性が「テレフォン・レディー」となって、バングラデシュ全国の村々で携帯電話貸与のサービスを展開している(ただし二〇〇五年以来、テレフォン・レディーのビジネスは下火になっている)。"

もう一つの例としては、グラミン・テレコムとグラミン・コミュニケーションズが挙げられる。こちらもインフラ整備と雇用創出を合わせて行なう手法で貧困撲滅に一役買っているようだ。

"グラミン・テレコムとグラミン・コミュニケーションズは、インターネット・キオスクを農村地域に配置し、バングラデシュの最も辺鄙ないくつかの地域に、インターネットによる利益をもたらした。"


・マイクロクレジットとIT

すでに述べたように、インフラ整備と雇用創出を合わせたソーシャルビジネスは2重のメリットをもたらす。そして、貧しい人が資金と情報を手に入れれば、小規模だがビジネスを立ち上げることができるのだ。

"マイクロクレジットとITの両方が、貧しい人々、特に貧しい女性に金の価値では測れない力を与えることができる。"

特に、インターネットは貧しい人へ教育とビジネスに関わる情報を提供する安価で最高の手段だ。ユヌス氏は、誰でも話すだけで使える安価なインターネット端末の開発を提案している。

"シリコンバレーの旗手たちは、なぜ読み書きができない貧しい人々もトレーニングなしで使える、声で動くIT端末を設計しないのだろうか?装置自体が、装置の可能性を学ぶように人を誘導するものがいい。"

世界中の研究者ががんばれば数年で実現できるのではないか。Linuxのように、オープンソースで作っていけるはずだ。


◇参考

貧困のない世界を創る(ムハマド・ユヌス)

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[書評] 強欲資本主義 ウォール街の自爆

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「強欲資本主義」はアメリカで投資銀行を立ち上げた日本人、神谷秀樹氏の著書だ。リーマン・ブラザーズが事実上破綻してから約1ヶ月後に出版されたこともあり、タイムリーで痛烈なウォール街批判が注目を集めた。

内容はタイトルの通り。いままでウォール街で巨額の富を手にしてきた人々を、その内側から痛烈に批判している。体験談や関係者のコメントなどオリジナリティに富んだ内容だ。

建設的な記述が少ない本ではあるが、下村治氏に注目している点などは注目に値すると思われるので、内容を少しだけ紹介したい。


・強欲な資本主義?

神谷氏の主張は、「強欲資本主義」。今までの資本主義は強欲であり、金融機関が顧客を無視して自らの利益追求に走ってしまったことが暴走の原因だったと批判している。

"金融資本の本来あるべき姿、即ち「顧客第一の原則」は、どこかに雲散霧消してしまった。顧客も含めた「市場」で「いかに儲けるか」しか考えなくなった。顧客はもはや証券の仕入れ先、あるいは売り先にすぎなくなってしまい、「いかに利益を抜くか」がすべてになってしまったのだ。"

ウォール街の富豪達を想像しながら読むと、金融資本は庶民からお金を巻き上げたのかと怒りが湧いてくる。以前のエントリ「経営者の報酬ってどのくらい?」でも紹介したように、欧米の企業トップの報酬は日本と比較して桁違いに高いせいもあるだろう。では、日本の資本主義はどうだったのだろうか?

たとえば、日本の銀行が本来の預金業務から離れ、投資信託の販売に力を入れていたことも原則を逸脱した一つの例ではないだろうか。結果的には目先の利益を重視するあまり、顧客に元本割れという大きなリスクを背負わせてしまったことになるからだ。

しかし、当時の日本の銀行の営業が強欲だったとまでは思えない。株式投資が大衆化したことについても、単純に強欲と批判できない面もある。システム上の問題を「強欲だった」と片付けるのは少し強烈すぎないか。

はたして、神谷氏の「強欲」批判の背景は何だったのだろうか?


・「強欲」批判の源泉はバブル景気?

日本でバブル景気が崩壊する20世紀末、神谷氏はゴールドマン・サックスに勤務していた。著者はその渦の中心でビジネスを繰り広げる中で、資本主義が強欲なシステムに変わって行く雰囲気を感じていたようだ。当時の意識を次のように振り返っている。

"私もたくさんの不動産を日本の投資家に売却する仕事をした。最初はまともなビジネスだったが、やがて手をつけられないほどのバブル・ビジネスへと変わった。それはやがて私自身の心に「バブルを煽った張本人の一人」という原罪意識を刻むこととなった。"

そしてバブル崩壊後、神谷氏はアメリカで投資銀行を立ち上げた。この本ではあまり触れられていなかったが、顧客第一の原則を貫く投資銀行を目指しているようだ。

"九二年には、私自身の投資銀行「ロバーツ・ミタニ・LLC」を創業することを米国証券取引委員会に許され、以後は自分や仲間が信じる「投資銀行としてのあるべき姿」を追求してきた。私どもは、「顧客にサービスすること」を業とする金融機関である。"

「顧客第一」と「投資銀行」という2つの言葉のつながりが希薄で、私には容易に想像がつかないが、ひょっとしたらグラミン銀行のようなブレークスルーがあるのかもしれない。


・処方箋:下村治?

ところで、本に書かれている現状分析はともかく、下村治氏に触れた部分は少しばかり注目に値する。

"アメリカの「双子の赤字」(借金と浪費に依存した経済)がやがて立ちゆかなると警鐘を鳴らした経済学者は日本にもアメリカにもいた。日本の代表は下村治博士である。彼は池田内閣時代に「所得倍増計画」を構想し、今日の日本の発展の礎を築いた経済学者だ。"

下村治氏は所得倍増計画を構想した人物だが、その後の内需拡大による成長路線を強く否定している。まさにバブル再来を願う今の状況に対する批判と同じだ。

"レーガン政権にとって、貿易収支の赤字の解消は急務であり、当時、巨額の対日貿易赤字を抱えていた日本に市場開放を強く迫ったのである。こうした要請に応える形で、日本では一九八六年、経済政策の指針となる「前川レポート」(「国際協調のための経済構造調整研究会」報告書、座長は元日銀総裁・前川春雄)が書かれ、内需の振興が図られた。それが結局大規模な不動産バブルを引き起こす根本原因となった。下村博士は、「前川レポート」を厳しく批判している。"

時代は変わり、今は日本ではなく中国やインドを舞台に次なる市場開放が押し進められつつある。過去の歴史を振り返り、今までの需要拡大の路線から、ゼロ成長の中を生き抜く厳しい路線へ転換を図る時がきている可能性は大いにあるのではないだろうか。


・結論:ルネサンスに習え!

最後に提言がある。話はルネサンス直前までさかのぼる。

"「信用の輪が切れた」今、我々が目指さなければいけないのは、たとえ長い道程を必要とするものであっても、聖フランチェスコとフリードリヒ二世が行なったような、新しい時代(ルネサンス)を迎えるための、土と水と光を準備することに違いない。"

キリスト教徒である神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世は、イスラムの君主であるアル・カーミルとの親交によりエルサレムでの平和的な共存を実現した人物だ。国際協調の時代が来ているのかもしれない。


◇参考

強欲資本主義 ウォール街の自爆 (神谷秀樹)

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[書評] シンプリシティの法則

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「シンプリシティの法則」はMITメディアラボに勤めるジョン・マエダ氏による著作だ。シンプリシティ、つまり、「シンプルなデザインとは何か?」について突き詰めて考えた結果がこれまたシンプルに書かれている。

本そのものもシンプルな構成で、ちょっと抽象的な概念の翻訳が微妙だったのもあって私は少し物足りなかったが、それでも気になる内容を見つけたので紹介したい。


・シンプリシティとは?

マエダ氏の主張する「シンプリシティの法則」は次のように表現される。

"シンプリシティは、明白なものを取り除き、有意義なものを加えることにかかわる。"

翻訳が少し直訳的になってしまっているが、「何かをシンプルにすること」とは、分かりきっている情報をすべて排除して本当に必要なものだけを残すことかもしれない。逆に、「何かをフクザツにすること」とは、ひとつのものに複数の目的を与えてしまい、あれこれ詰まってて便利そうだけど実はうまく使えないものとも考えられるかも。

言い換えれば、「シンプル」はひとつのものに複数の目的を詰め込まず、一番重要なひとつの目的だけを与えることのような気がする。

たとえば、プレゼンテーションやメール、報告書などの情報をシンプルにすることというのは、伝えたいメッセージをひとつに絞ってそれを届けることに注力し、詳細すぎる情報や余計な言い訳、冗長なあいさつを排除することだろう。

また、シンプルな部屋とは、置いてあるものそれぞれが有意義に機能することが説明できる部屋だと思う。たとえ便利な調理器具が置いてあったとしても、その目的が日常的に使用することなのか、装飾品として部屋の雰囲気を高めることなのか、どちらかはっきりとひとつに絞られている部屋なのではないか。そんなシンプルな部屋は、心にも優しい空間を提供してくれるかもしれない。


・制約はイノベーションの源泉だ!

著者は制約こそがデザインの突破口であると述べているが、この例が面白い。

"デザインの分野では、制約が多い方がより良い解決策が生まれるものだと信じられている。まさにいま、私のノートパソコンのバッテリー残量は14分しかないのだが、電源にしっかり接続して電力が自由に使えるときより、ずっと多くの仕事ができることが分かる。切迫感と創造的精神は密接に関連しており、ポジティブリターンとしてのイノベーションは望ましい利益である。"

私も普段カフェや電車内で記事を執筆することが多く、これには強く共感する。たしかに、新しい解決策を生み出すモチベーションはそういう不自由さを解決しようとする試みの中にあるのかもしれない。


◇参考

シンプリシティの法則(ジョン マエダ)

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[書評] 君主論

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君主論はニッコロ・マキアヴェッリ氏の著作だ。マキアヴェッリ氏はイタリア、ルネサンス期の政治思想家で、本著作はメディチ家のロレンツォ・デ・メディチ氏に政策を提言するために1513年に執筆されている。

君主論という偉大な著作には多くのファンがいるが、私が読んだところでは当時のイタリア内のローカルな話題が多く、やや抽象的で退屈だと感じた。

しかし、斜め読みではあるが私も気に入った文章を見つけたので紹介したい。


・結論:運命は変転する!

君主論には、結論として運命について述べている部分がある。ちょっと抽象的だが、こんな感じだ。

"それゆえ次のような結論が得られる。運命は変転する。人間が自らの行動様式に固執するならば運命と行動様式とが合致する場合成功し、合致しない場合失敗する。"

自らの行動様式に固執する人物=変化を好まない人物は、運命=世の中の状況から取り残されてしまい、成功しないということだろうか。つまり、情勢の変化に対応できない人間はチャンスを逃しやすいと読める。

確かに、私の仕事上の経験でも、自分のやりたいことに固執しすぎるとせっかくのチャンスに気づかないことが多いと感じる。

では、どうしたら成功するのだろうか?


・果敢にチャレンジせよ!

先ほどの言葉に続いて、次のような文章がかかれている。

"私の判断によれば慎重であるよりも果敢である方が好ましいようである。なぜならば運命が女神であり、それを支配しておこうとするならば打ちのめしたり突いたりする必要があるからである。"

成功したいのであれば、慎重であるよりも果敢であれ。つまり、変化に対応して大胆な行動をできる人物であれば、チャンスを手にできると書かれている。

リーダーが率先して改革を行わない組織に未来はないということかな。個人であれば、常に新しいことにチャレンジせよ!という感じ。


・運命は若者の味方だ!

チャンスは大胆な若者に与えられるというのがマキアヴェッリ氏の結論だ。続く文も紹介しておこう。

"運命の女神は冷静に事を運ぶ人よりも果敢な人によく従うようである。それゆえ運命は女性と同じく若者の友である。若者は慎重さに欠け、より乱暴であり、しかもより大胆にそれを支配するからである。"

若者は慎重さに欠けるが、変化には対応できる柔軟さと大胆な行動力を兼ね備えている。だから、チャンスは若者に多く与えられるということかな。

今風に言えば「改革」か「チェンジ」を掲げるリーダーであれ、ということを16世紀に提案していたということになるのかも。ありきたりだけど、一度は読んでみる価値はある一冊だ。


◇参考

君主論 (ニッコロ・マキアヴェッリ)

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[書評] 情報のさばき方

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「情報のさばき方」は外岡秀俊氏による著書だ。外岡氏は朝日新聞の東京本社で編集局長を努める人物で、その読みやすい文章と体験談はさすが新聞記者という感じを受けた。

副題は「新聞記者の実戦ヒント」だが、新聞記事に限らず文章をアウトプットする人に役に立つ内容が多い。ここでは、私がブログを書く際に参考にしたい3点を紹介しよう。


・7割は読者が知っていることを書け!

自分で経験したことや、調べたこと、思ったことを記事にしたい時は、自分のいいたいことをまとめてストーリーを構築することになる。しかし新聞記者である外岡氏の先輩の教えでは、オリジナルな情報だけでなく読者が既に知っている内容をたくさん書く必要があるという。

"情報力に関する私の先生は、社会部での先輩記者で、もう亡くなった疋田桂一郎さんでした。論説委員として一九七〇年から七三年にかけて朝刊一面コラム「天声人語」を執筆し、その後も編集委員として活躍した方です。彼の教えのひとつに、「すでに読者が知っていることを七割書け。ニュース部分は三割でいい」という言葉がありました。"

背景となる情報を文章にちりばめておけば、新しいニュースをより多くの読者に伝えることができる。既に知っている人が読んでもとっつきやすい文章になる。

読みやすい文章を書くカギは、読者が既に知っている情報をどれだけ魅力的に織り込めるかにかかっているのかもしれない。


・写真は視点を変えて撮れ!

写真を文章に添えると、文章だけの記事よりは親しみがわくような気がする。それに、記事のイメージが伝わりやすくなる。でも、普通に撮った写真ではなにか物足りない時がある。外岡氏の経験では、人物の場合は普段と違う角度で撮影すると魅力的な写真になるという。

"私が入社の際に受けた写真研修で、最初にいわれたのは、「高いところに上れ、しゃがみ込め」という教えでした。人間の普通の目線で撮る写真は、どうしても平板なものになりがちです。椅子や脚立に上って撮るだけで、まったく違う情景に見えることがしばしばです。あるいはしゃがみ込むだけでも、意外な視界がひらけることもあります。"

普段と違う視点で撮影した写真は、見る人の記憶に残る。この方法は人物に限らず使えるかもしれない。たとえば思いっきり近づいて撮影したワイングラスや、カメラを地面に置いて撮影した道路などなど。


・文章のデッサンを書け!

文章を書くという作業には時間が必要だ。中でもストーリーを決める作業が特に大変だと思う。ストーリーが決まってしまえば、あとは情報の裏付けを取ったり、文章を魅力的に推敲したりといった技術的な作業になる。でも、ストーリーがいい加減だといつまでたっても終わりの見えない作業になってしまう。外岡氏の同僚は、まずストーリーをデッサンしてから詳細化していく方法で、記事をすばやく書き上げるという。

"驚いた私が、「どうしてそんなに早く書けるのですか」と尋ねると、答えはこうでした。まず頭の中でざっと文章の流れを思い描き、その流れに沿ってワープロで思いのままに文章を打ってみる。その際に、引用するデータや談話はいちいち確かめず、文章の綾にもあまりこだわらない。文章を書き上げてから、改めて正確なデータや談話をはめ込み、文章の細部を整えていく、というのです。これなどは、あらかじめざっとデッサンを描き、あとで淡彩で着色する画家のような手練の技です。"

いいたいことをストレートに書いてみて、それから内容の正確さを増していく。さらに曖昧な場所を調べて補強すれば短時間でも信頼性の高い記事やブログを書くことができるのかもしれない。


◇参考

情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント (外岡秀俊)

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[書評] 大人の時間はなぜ短いのか

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時間の感覚は人によって異なる。同じ1時間でも、朝の方が時間を長く感じるような気がするし、子どもの頃の方が長かったような気がする。


・時間と感覚の微妙な関係

物理的には同じ時間が経過しているのに、感じられる時間の長さが異なるのはなぜか―。

子どもの時は1日1日が長くて、夏休みは無限にも近い時間に感じられた。でも、年を取るにつれて時間の流れが速く感じることがある。仕事に追われる中、なんとかして充実したプライベートを詰め込むと、1ヶ月や1年が一瞬のように感じられる。

一川誠氏の著書「大人の時間はなぜ短いのか」はそんな疑問に答えのヒントを導いてくれる一冊だ。結論をここで共有したいところだが、そこはぜひ本を読んでみてほしい。


・この本のすごいところ?

でも、この本のすごいところは、それだけじゃないのだ。

著者の専門は実験心理学。人間の感覚と物理的な現象との微妙な関係を、錯視や錯覚といったような例を通して実験的に明らかにしていく研究者だ。

専門は実験心理学。実験的手法を用いて、人間の知覚認知過程や感性の特性についての研究を行っている。

特に、第2章は錯覚や錯視の身近な例を挙げて、物理現象を受け止める人間の不思議な生物らしさを次々に教えてくれる。こんなにたくさん例が出てくるものなのかと驚いた。

第2章 私たちは外界をどう知覚しているのか

知覚体験と物理的実在
動物の知覚
フレーザーの錯視
幾何学的錯視で分かる人間の知覚の曖昧さ
不可能の三角形
生物種に固有の知覚のルール
時間に関わる錯覚
錯覚の共有
月の錯視
新しい錯視の発見
現代の研究者の責任


・錯視のゴールドラッシュ!

実験心理学という分野は、近年のコンピュータ技術の進展で大きな発展を遂げている。なんでこんな錯視がおこるのか?解明されていない研究テーマが次々と見つかっているようなのだ。

著者曰く、ゴールドラッシュ。興味のある方は調べてみるといいのでは?

様々な視覚現象がかつてない頻度で見つかっている。現在、錯視研究は、まるでゴールドラッシュを彷彿とさせる状況なのだ。


◇参考

大人の時間はなぜ短いのか (一川誠)

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[書評] 日本書紀、古代史を読もう!

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日本書紀は、日本の古代について書いてある歴史書だ。さらっと読んでみたので、メモを残しておこうと思う。


なにが書いてあるのか?

対象となっている歴史は、ほぼ古事記と等しい。つまり、神々の時代から代々の天皇のつながりを記してある。

読んだ印象は、古事記は物語、日本書紀は歴史書という感じを受けた。どちらも現代語訳で読んだが、古事記は聖書のように人のつながりと代表的なエピソードで構成されている。これに対して、日本書紀はより詳しく歴史が記されており、やや難しいイメージを受けた。

日本書紀の現代語訳者、宇治谷孟氏は次のように古事記を評している。

古代史の場合、資料はまず「古事記」と「日本書紀」に限られてくるが、「古事記」は、なんといっても物語性がつよく、まとまり過ぎているということになる。


なんとなく天地創造?

日本書紀は、ぼんやりした状態から天地が固まっていくところからはじまる。天地を誰かが創ったと言うよりは、自然に固まってきた感じだ。最後に神が誕生する。

昔、天と地がまだ分かれず、陰陽の別もまだ生じなかったとき、鶏の卵のように固まっていなかった中に、ほの暗くぼんやりと何かが芽生えを含んでいた。やがてその澄んで明らかなものは、のぼりたなびいて天となり、重く濁ったものは、下を覆い滞って大地となった。澄んで明らかなものは、一つにまとまりやすかったが、重く濁ったものが固まるのには時間がかかった。だから天がまずでき上って、大地はその後でできた。そして後から、その中に神がお生まれになった。


神々が島を生む?

日本の歴史は神々の時代から始まる。神々は海を見つけた後、子を産むように島を次々に生んでいく。ちなみに、生むのは日本近海の島だけみたいだ。

イザナギノミコト・イザナミノミコトが、天の浮橋の上に立たれて、相談していわれるのに、「この底の一番下に国がないはずはない」とおっしゃって、玉で飾った矛を指し下して、下の方をさぐられた。そこに青海原が見つかり、その矛の先からしたたった海水が、凝り固まって一つの島になった。これを名付けてオノコロシマという。二柱の神はそこでこの島にお降りになって、夫婦の行為を行って国土を生もうとなされた。


激動の日本史

日本書紀には、学校で読んだ歴史の教科書にあるような聖徳太子や大化の改新が載っている。大化の改新では、中大兄皇子が蘇我入鹿に斬りかかるシーンが印象的だ。

中大兄は子麻呂らが入鹿の威勢に恐れたじろいでいるのを見て、「ヤア」と掛声もろとも子麻呂らとともに、おどりだし、剣で入鹿の頭から肩にかけて斬りつけた。

日本書紀は、ひとつの書物にしてはかなりたくさんの歴史が詰め込まれている。日本史に興味があるならば、ぜひ読んでみてほしい。


◇参考

日本書紀〈上〉 (宇治谷 孟)

日本書紀〈下〉 (宇治谷 孟)

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[書評] クリエイティブ資本論、裁量の大衆化

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自分の裁量で考えて新しい世界を切り開く、という仕事のスタイルがアメリカで大衆化しつつある。著者、リチャード・フロリダは「クリエイティブ・クラス」という言葉で、様々な指標をもとにアメリカ国内の各都市を分析している。

クリエイティブな仕事をする人の数は過去一世紀、とりわけ過去二〇年間に激増した。本書は、そうしたクリエイティブな仕事に携わる人の増大について解説している。具体的には科学者、技術者、芸術家、音楽家、デザイナー、知識産業の職業人などであり、それを私はひとまとめに「クリエイティブ・クラス」と読んでいる。

たとえば、FreeBSD、Linux、Firefox、PostgreSQLのようなオープンソース・ソフトウェア開発者の活動は、クリエイティビティの最たるものだと思う。私はこのようなクリエイティブな活動を尊敬しているが、優秀なソフトウェア技術者が趣味でもソフトウェア開発を行うほどの原動力は何なのか?その原動力を著者は次のように指摘している。

クリエイティブ・クラスが働くのは、やりがいや責任、評価、そしてその結果得られる尊敬のためだ。

一方、近年のオフィスワークとアウトドア活動の関係も分析されている。日頃、コンピュータの中で仕事をしている私がダイビングや海外旅行、サーフィンに興味を持つのは、ごく自然なことなのかもしれない。

クリエイティブ・クラスに好まれるアウトドア活動は、アドベンチャー志向のものが多い。登山、ハイキングまたはそれに類するスポーツの本質は、毎日仕事に追われる現実とは違った別世界に入り込み、過酷なタスクをクリアしながらその世界を探検し、経験することにある。つまりアドベンチャーが目的なのである。

最後に、社会学者である著者の提起する問題点を紹介しておこう。

私の見るところ、クリエイティブ・クラスには対処すべき抜本的な問題が三つある。それは、(1)経済成長の持続を確実なものにするためクリエイティビティに投資を行うこと、(2)社会を弱体化させ経済の安定を脅かす経済格差を克服すること、(3)多様性が増し、進行しつつある対立に悩まされる世界にあって、一つにまとまれる新たな社会を構築すること、の三つである。

◇参考

クリエイティブ資本論(リチャード・フロリダ)

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[書評]クリエイティブクラスの世紀、アメリカの危機

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移民に頼るアメリカが、その世界中の才能を惹きつける能力を失う危機に直面している。

テロ対策による移民の制限、教育・研究開発への投資の減少などで、アメリカの成長の鍵となっていた都市の開放性と寛容さが失われつつあるのだ。

「クリエイティブ・クラスの世紀」はアメリカの社会学者、リチャード・フロリダ氏の著作。近年のクリエイティブ・クラスの増加による都市の発展と、その途上における格差の拡大という大きな問題を指摘している。

著者は、アメリカの今までの成長の鍵は多様性にあったと主張する。

アメリカ成長の奇跡の鍵は、たった一つの要因にあった。それは新しいアイデアを受け入れることであり、それが才能を獲得するグローバル競争における覇権を可能にしたのだ。また新しいアイデアの受け入れは、アメリカはもちろん、同時に世界中の人々のクリエイティブな能力を強化することにもつながっていた。

そして、その多様性は近年も、移民によって継続的に維持されてきたようだ。

ハンチントンを含め多くの人が、この第三の移民ブームは技能水準が低く、一部は非合法なヒスパニック系移民の大量の流入であると特徴づけているが、この見方は間違っている。実際、最近の移民は、そのようなものではなく、技能水準の高い労働者たちが大量に含まれている。

アメリカがテロ対策で移民を制限することは、都市の成長を阻むのではないか。著者の危機感が表れている。一方で、単純労働者とクリエイティブ・クラスの境界が格差をもたらすことに対しても警鐘を鳴らしている。

なぜ、格差の拡大が問題なのか、その答えは単純である。格差はクリエイティブ経済にとって機会の浪費を意味するからだ。著しい格差は、実は経済成長を促進するどころか、むしろ抑制するものであることは、多くの研究によって示されている。

この本では移民の減少を危機としているが、移民に頼らず鎖国を続けてきた東京のクリエイティビティの説明がつかない。しかし、著者は日本の労働者が過去に繰り広げてきた総力戦に、希望を見いだしている。

労働者を二つに分けて、少数の人間には革新的な仕事を、残りの大多数には単純作業をさせるのでは、最大限に人材を活用することにはならない。七〇年代に日本から学んだように、再び日本に学ぶべきだ。日本の製造業は「カイゼン」方式を活用し、アメリカのはるか先を行っている。これは、生産現場にいるすべての労働者の知恵を活用しながら、生産工程での小さな改善を継続していくものだ。

最後に、著者が主張する課題を紹介しよう。

クリエイティブ時代に向けた課題
・あらゆる人々のクリエイティブな能力を完全に引き出せること
・クリエイティブな社会資本に投資すること
・大学を才能と寛容の磁石にすること
・クリエイティブ時代に合わせた教育をすること
・都市と競争力との関係を理解すること
・真に開放的で経済的に安全な社会を構築すること

今や、クリエイティブな仕事ができる環境は世界中に増えている。

◇参考

クリエイティブ・クラスの世紀(リチャード・フロリダ)

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[書評]古事記、こんなに読みやすかったんだ!

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古事記は日本最古の歴史書で、成立は712年。小学館の新編日本古典文学全集がとても読みやすい。

1ページに原文、訓読文、現代語訳が全部収まっていて、ふりがないっぱいの現代語訳だけ読めば普通に読める。それに、神話は最初の1/3だけで、あとは1代神武天皇〜33代推古天皇までの天皇たちの歴史だ。特に神話は面白いから、最初のほうだけでも読んでみてほしい。

上つ巻では、はじめにイザナキノミコトが登場、次々と国や神を生んでゆく。

そこで天つ神一同の仰せで、伊耶那岐命(イザナキノミコト)・伊耶那美命(イザナミノミコト)の二柱の神に、「この漂っている国土をあるべきすがたに整え固めよ」という詔命を下し、天の沼矛(玉飾りを施した矛)をお授けになって、委任なされた。

そして、最後にイザナキノミコトは3柱の神を生む。これがアマテラスオオミカミだ。

そして左の御目を洗ったときに成った神の名は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)。次に、右の御目を洗ったときに成った神の名は、月読命(ツクヨミノミコト)。次に御鼻を洗ったときに成った神の名は、建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)。

有名な天の岩戸の物語はこんな風に書かれている。

それで天照大御神(アマテラスオオミカミ)は見て恐れ、天の石屋の戸を開き、なかにおこもりになられた。すると高天原はすっかり暗くなり、葦原中国も全く暗くなった。こうして夜がずっと続いた。

しばらく後に、ヤマトタケルノミコト、草薙の剣も登場する。

こうしてご結婚なさって、倭建命(ヤマトタケルノミコト)は、その腰にはいていた草なぎの剣を、その美夜受比売(ミヤズヒメ)のもとに置いて、伊吹山の神を討ち取りにお出かけになった。

神話ばかりではない。これは歴史書だから、初代から次々に天皇の物語が続く。日本だけじゃなく、韓国だって登場するのだ。

そこで、皇后が、一つ一つ神が教えさとしたとおりに、軍勢を整え、船を並べて、海を越えて渡っていかれた時に、海原の魚が、その大小を問わずみな、船を背負って渡った。そうして、追い風が盛んに吹いて、船は波のまにまに進んでいった。そして、その船を乗せた波は、新羅国に押し上がって、船は一気に国の中央に達した。

◇参考

新編日本古典文学全集 (1) 古事記(山口佳紀・神野志隆光)

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