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February 2009

ホットワインを飲もう!

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Vinexpo(ワイン、スピリッツ国際博覧会)の調査によれば、ワインの消費大国はフランスとイタリアだ。当然な感じもするが、2007年の調査では、両国ともに1人あたり平均55リットル以上を消費している。ワインボトルが1本750mlだとすると、1人あたり年間70本以上、5日に1本以上ワインを飲んでいることになる。


・各国のワイン消費量は?

よくよく見ていくと、フランスとの比較では、ドイツは3分の2くらいの消費量。きっとビールをたくさん飲んでいるのかな。一方、スペインの消費量は半分くらい。同じ地中海でもイタリアとはだいぶ違うみたいだ。

ランキングで特に低いのは、アメリカ、カナダ、ロシアで、フランスの4分の1以下になっている。だいたい月に1本くらい。日本人の私もそれくらいなら飲めそうだ。アメリカはビール、ロシアはウォッカが主流なのかな。


・冬にワインを飲むなら!

ところで、冬にワインを飲むならホットワイン(vin chaud)がオススメだ。安いワインでも、ちょっと手を加えればおいしいホットワインが出来上がる。ここではストラスブール流の作り方を紹介しよう。

まず、深めの鍋に思いっきり安い赤ワインを2本注ぐ。1000円以下のワインで十分だ。間違っても高価なワインを注いではいけない。

次に、オレンジ半分を8等分くらいに切って投入。りんごも半分くらいを切っていれてもいい。ここにシナモン2本、アニス3個、クローブ3個を加え、ナツメグをいきおいよく2振りパラパラする。

ぐつぐつ5分以上、沸騰しすぎない程度に暖める。そして、味見をしながら水200ccと砂糖100gくらいを入れて、完成!

Santé!


◇参考
・フランス人の平均的なワイン消費量は60リットル弱。(2007年)

"the average French adult consumed fewer than 60 litres of wine in 2007"
(Tippling less?, Jan 21st 2009, Economist.com)

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[書評] 戦争プロパガンダ10の法則

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戦争はどうしておこるのか?この素朴な疑問に答えるには「戦争プロパガンダ10の法則」を読んでみるのもいいかもしれない。

「戦争プロパガンダ10の法則」はアンヌ・モレリ氏による著作だ。ブリュッセル自由大学の歴史批評学教授をつとめるモレリ氏は、国家が総力を挙げて参戦するという決断の背景を深く分析している。戦争には国内世論の後押しが不可欠だが、その世論に影響を与える発言、報道、宣伝といった活動の役割は大きいようだ。

戦場に向かう兵士の目的は家族や国を守ることであったり、自由で民主的な世界を創るためであったり、世界を平和にするためだったりする。誰も戦争を望んでいなかったはずなのに、国家が戦争を始めることがあるのはなぜなのか?戦争を止める方法はあるのか?考えさせられる1冊だ。


・なぜ、世論は戦争を支持してしまうのか?

9.11以降、アメリカが国を挙げてアフガニスタンとイラクでの戦争に突入していった経緯は記憶に新しい。あの戦争を最初から望んでいた人がいたのかどうかは知らないが、世論の大半は徐々に戦争を支持していたように見えた。最終的に世界で多くの軍人と民間人の犠牲者を出すに至ったが、そのきっかけはアメリカの国内世論の高まりだろう。

モレリ氏は戦争の時に国家が発するメッセージには次の10の特徴があると本の中で解説している。これは昔、日本が戦争に突入したときにも当てはまる点が多いようだ。最近のアメリカの戦争にも当てはまる点が多いような気がする。国家やメディアがこのようなメッセージを発している時、特に敵対する国家の指導者のイメージが極端に悪く報じられている時などは、少し疑ってみることが戦争防止への一つの方法かもしれない。

1.われわれは戦争をしたくはない
2.しかし敵側が一方的に戦争を望んだ
3.敵の指導者は悪魔のような人間だ
4.われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う
5.われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる
6.敵は卑劣な兵器や戦略を用いている
7.われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大
8.芸術家や知識人も正義の戦いを支持している
9.われわれの大義は神聖なものである
10.この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である


・歴史学からみれば、敵も味方も変わらない!

モレリ氏は、一方的に反戦やマスメディア批判を展開しているわけではない。純粋に歴史学の立場から過去の戦争を分析している。個々の戦争においては、最初にきっかけをつくった国や、非人道的な行為を行なった軍人、戦争を望んだ指導者は責められるべきである。しかし、戦争中にはその事実が判明しないことが多く、安易に報道を信じるべきではないようだ。戦時においては、双方が同じような世論に陥ることがあるという。

"私が言いたいのは、加害者も被害者も同じだということではない。ただ、敵対状態にある双方が、同じ言葉を用いているという事実を指摘しているだけである。"


・歴史を学ぼう!

歴史は繰り返す。バブル景気も戦争も、大きな時間の流れの中で世論が盛り上がっていくタイプの現象だ。実際に関わっている人はその都度違うから、なかなか個人の経験では対応できないことが多い。そこで、歴史をしっかりと学び、先人の陥った過ちを繰り返さない努力をすべきだろう。歴史を学ばなければ、現代人も意外と安易に戦争の罠にはまってしまうかもしれない。

"本書でとりあげたプロパガンダの法則は、たしかにこれまで実践されてきたものの、現代にはもう通用しない、今後はもう繰り返されることはないだろう、と思う読者もいるだろう。われわれは過去の人間よりも知恵がついているという意見、また、この法則の普遍性を疑う意見もあろう。だが、たとえありえないことに思えても、今後も必ず「攻撃」はおこなわれるし、「善と悪の戦い」も「敵の指導者の醜悪化」も繰り返されることだろう。"

歴史的に見れば、いざというときに戦争を支持してしまう人は案外多い。気をつけよう!


◇参考

戦争プロパガンダ 10の法則(アンヌ・モレリ)

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[書評] 貧困のない世界を創る

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「貧困のない世界を創る」はムハマド・ユヌス氏の著作だ。ユヌス氏はバングラデシュでグラミン銀行総裁をつとめる人物で、2006年度のノーベル平和賞受賞者でもある。

ユヌス氏が創設したグラミン銀行は、貧困層に無担保でお金を貸し小規模な起業を勧めるプロジェクトとして大成功をおさめた。従来の貧困撲滅プロジェクトとは異なり、その活動が慈善事業ではなく正真正銘のビジネスである点が世界から注目を集めている。しかも貧困を撲滅できるマイクロファイナンスというアプローチをバングラデシュという発展途上国で大規模に実証しているところが、ノーベル平和賞にふさわしい。

著書「貧困のない世界を創る」では、その活動の思想である「ソーシャル・ビジネス」の概念とグラミン銀行創設前後の体験談をまとめてある。その「型破りな銀行家」としての活動は多くの人の既成概念を破壊するものだったと思われるので、私なりに紹介してみることにする。


・マイクロクレジットとは?

ユヌス氏が率いるグラミン銀行は、画期的な貧困撲滅の方法を生み出した。貧しい人に担保なしで小額のお金を貸すマイクロファイナンスという方法だ。

"グラミン銀行では、まずクレジットに焦点を当てた。貧しい人々が貧困から脱出するのを助けるためのまさに第一歩として、文字通り、現金を貧しい人々に与えたのだ。ほとんどの貧困撲滅プログラムはほかのことから始めるので、これは型破りの戦略だった。"

この戦略は大きな成功を収めているが、特徴的なポイントは2つある。

1つは、お金を借りた人にビジネスを始めるためのアドバイスをしている点だ。お金をそのまま食費や生活費に充てるのではなく、売れる物やサービスを自分で見つけ、それを必要な人へ提供する方法を自分で見つけてもらうことを支援する。今風に言えば起業ということになるが、新しいビジネスを企画するというよりは家族の生活が成り立つ程度の商売を始めるというレベルを目指しているようだ。

2つめは、借り手に5人くらいのグループを作ってもらい、定期的にミーティングをしてもらうというスケーラブルな相互支援システムだ。借り手の主なターゲットは主婦だが、初めてお金を借りるというのはプレッシャーも高い。しかし、グループを組んでお互いの商売の状況や借金の返済有無などを話し合うことで、苦しい時に新たな突破口を見つけたり、返済をがんばるモチベーションも湧いてくるようだ。ライバルでもあり、仲間でもあるという相互支援のコミュニティはかなりプラスに働くとユヌス氏は指摘している。


・仮定を否定!型破りな経済学。

グラミン銀行は型破りな銀行だ。どのような発想で誕生したのだろうか。

"従来の経済学の考えでは、貧しい人々にクレジットを広げようとすることは、革命的なステップであった。それは、担保なしで融資を行うことはできないという、伝統的な考え方を無視することを意味していた。"

今まで、貧しい人々にお金を貸すというのはとてもリスクの高い行為だと思われていたため、借りた人が支払う利子の額も高く設定されていた。貧しい人はお金を借りてもそれを返済するための収入源がないと考えられるからだ。しかし、ユヌス氏はこのような今までの経済学の仮定は単純すぎると指摘する。その仮定とは次のようなものだ。

仮定1:あらゆる人々が利益を最大にしたいという願望で純粋に動機づけられている
仮定2:貧困問題の解決策はすべて雇用を作り出すことにある
仮定3:彼らには技能がないから貧しい

まず仮定1についてだが、現在のビジネスはほとんどが営利企業で、売り上げから従業員の給料や事業にかかった費用を差し引いた利益を株主に還元するというモデルになっている。しかし、ユヌス氏は必ずしも株主は金銭による配当だけを望んではいないと指摘する。たとえば、自分の出資が貧困撲滅に役立つのなら、出資してくれる人はいるはずだと考えている。事実、多額の寄付を行なう人はたくさん存在しているのだから、利益はなくとも出資金が戻ってくるグラミン銀行のようなソーシャル・ビジネスに投資する人は少なからず存在するはずだ。リターンはお金ではなく社会貢献ということかな。

"ソーシャル・ビジネスに投資すれば出資金は返ってくるし、自ら金を稼いで自立する企業の所有権を保有することになる。だから、特に世界をもっと良くする手助けをしたいと願っている裕福な人からの個人拠出は、ソーシャル・ビジネスの主要な資金源になるはずだ。"

次に仮定2だが、現在の貧困撲滅策は、政府による公共事業か国際機関による人道援助が主流だ。しかし、ユヌス氏は大きな公共事業による雇用の創出や寄付などの一時的な解決策を与えるのではなく、貧しい人自身がイニシアティブをもって取り組むための起業の資金とアドバイスを与えることで、持続可能な解決策を提示している。

"一般に、私は寄贈や施し物には反対だ。人々からイニシアティブと責任を取り去るからである。もし人々が、そういったものを「ただで」受け取ることができることを知れば、彼らはエネルギーや技術を、何かを達成するのに使うより、むしろ「ただの」ものを追いかけるのに費やしがちである。施し物によって、自助努力や自信より、むしろ依存を奨励する形になってしまうのだ。"

最後に仮定3だが、実は貧しい人の能力はかなり過小評価されている。大企業の主要ポストですぐにビジネスに加わるのは無理かもしれないが、ちゃんと資金とアドバイスがあれば、小規模な家計を支えるビジネスを立ち上げる能力は十分にあるとユヌス氏は指摘する。これは、すでにグラミン銀行が実践して証明してきたことである。

"売れる製品やサービスを作り出す方法を見つけ、それらを必要とする人に直接売ることで、人々が自己雇用で生計を立てることなど、経済学の論文にはまったく書かれていない。"


・先入観なし!ユヌス氏の大実験。

では、ユヌス氏はどのようにこのグラミン銀行を立ち上げることができたのか?著書の中では次のように述べられている。

"これほど革新的な方法を実現に導いたのは、学者としての論理的な方法論の組み立てと、現場主義、そして先入観を持たなかった点が大きい。"

ユヌス氏には、経済学の知識と論理的な思考力、そして人を動かす地位があった。大規模な貧困に直面したバングラデシュで実際に貧しい人のもとを訪ね、必要な支援は何か見極めたうえで答えを見いだしたようだ。

"三〇年以上も前に、私がジョブラ村で貧しい人々を支援するための取り組みを始めたときには、私は銀行員ではなく、経済学の教授だった。"

しかし、ユヌス氏に銀行での業務経験はない。これは一見マイナスの要素だが、そのために先入観なくお金の流れを一から考え直すことができたのだろう。従来の銀行員と顧客の間の垣根を取り払い、銀行がアドバイスをしながら借り手同士がお互いに支え合うことのできるスケーラブルな銀行システムの運営は、近年のIT技術の発展などの機をとらえて実現できたブレークスルーなのかもしれない。

"私が訓練を受けた銀行員でなく、実際の銀行業務について一つの教えも受けたことさえないという事実のために、先入観もなく、貸し借りを行なう過程について自由に考えることができたのだ。もし私が銀行員であったならきっと、銀行のシステムが貧しい人々に対してどのように役立つかなど、決して探ろうとはしなかったであろう。"


・グラミン・ファミリー

ユヌス氏の目的は、そもそもグラミン銀行の創設ではなく、貧困の撲滅だった。そのため、グラミン銀行創設に至った方法と同じ考え方で次々と雇用の生まれるソーシャルビジネスの拡大を図ってきた。今では25にものぼる企業群は「グラミン・ファミリー」と称されている。

"その実験からおよそ二〇年が経って、私たちは気付くと二五もの組織を運営していた。そして、しばしば集合的に「グラミン・ファミリー」と呼ばれることもある。"

代表的な例としては、グラミン・フォンが挙げられる。携帯電話を貸与するビジネスだが、このビジネスには貧しい人に安価な電話サービスを提供できるメリットと、貧しい人々に貸与ビジネスに参加してもらえるというメリットがある。これまでの公共事業と異なるのは、個々の従業員に出身地域に密着したサービスをさせている点だ。関わっているメンバは、小規模な地元エリアでユーザの開拓とサービスの提供を行なう支店の経営者として、グラミン銀行から少額の資金を借りることになる。あくまでイニシアティブは個人にあるというのがソーシャル・ビジネスの原則だ。

"グラミン・フォンは、今ではバングラデシュで最も大きな企業である。グラミン・フォンのサポートで運営されているビレッジフォン・プロジェクト(村の電話プロジェクト)では、約三〇万人の女性が「テレフォン・レディー」となって、バングラデシュ全国の村々で携帯電話貸与のサービスを展開している(ただし二〇〇五年以来、テレフォン・レディーのビジネスは下火になっている)。"

もう一つの例としては、グラミン・テレコムとグラミン・コミュニケーションズが挙げられる。こちらもインフラ整備と雇用創出を合わせて行なう手法で貧困撲滅に一役買っているようだ。

"グラミン・テレコムとグラミン・コミュニケーションズは、インターネット・キオスクを農村地域に配置し、バングラデシュの最も辺鄙ないくつかの地域に、インターネットによる利益をもたらした。"


・マイクロクレジットとIT

すでに述べたように、インフラ整備と雇用創出を合わせたソーシャルビジネスは2重のメリットをもたらす。そして、貧しい人が資金と情報を手に入れれば、小規模だがビジネスを立ち上げることができるのだ。

"マイクロクレジットとITの両方が、貧しい人々、特に貧しい女性に金の価値では測れない力を与えることができる。"

特に、インターネットは貧しい人へ教育とビジネスに関わる情報を提供する安価で最高の手段だ。ユヌス氏は、誰でも話すだけで使える安価なインターネット端末の開発を提案している。

"シリコンバレーの旗手たちは、なぜ読み書きができない貧しい人々もトレーニングなしで使える、声で動くIT端末を設計しないのだろうか?装置自体が、装置の可能性を学ぶように人を誘導するものがいい。"

世界中の研究者ががんばれば数年で実現できるのではないか。Linuxのように、オープンソースで作っていけるはずだ。


◇参考

貧困のない世界を創る(ムハマド・ユヌス)

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コンゴ、危険な解決策?

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2009年1月23日、コンゴ民主共和国(DRC)で続く紛争の最重要人物、ローラン・ヌクンダ氏がルワンダ政府により拘束された。これにより、コンゴとルワンダは新しい局面を迎えることになる。

この拘束は両国の間の合意に基づいて行なわれたとみられており、仲介した各国のもくろみどおりに成功すれば戦闘中の双方の武装組織の解体と和平が実現することになる。しかし、失敗すればコンゴ政府軍とルワンダ政府軍の直接戦闘に発展する可能性を秘めている。


・コンゴとルワンダの合意とは?

では、コンゴとルワンダはどんな条件で合意に至ったのか。双方が支援する武装組織を調べてみよう。

過去のエントリ「コンゴ、その戦いの理由は?」でも紹介したとおり、今までの戦闘はツチ系の反政府勢力である人民防衛国民会議(CNDP)とコンゴ政府軍の間で起きていた。CNDPの活動の目的は、コンゴ政府が支援するフツ系のルワンダ民主解放勢力(FDLR)の脅威からコンゴ国内のツチ系住民を防衛することのようだ。

FDLRの中には、1994年のルワンダ紛争でツチおよび穏健派のフツに対する大量虐殺(ジェノサイド)に関与した勢力が含まれており、これがコンゴ国内のツチ系住民にとって大きな脅威となっている。CNDPの反乱は、コンゴ政府がFDLRに対する支援を表面化させた2004年に始まっている。

つまり、コンゴ政府はフツ系のFDLRを支援、ルワンダ政府は同じツチ系であるCNDPを支援していたのだが、今回、双方はFDLRとCNDPの解体を目指して合意に至ったようだ。


・両軍解体の方法とは?

最新の動向について、少し整理してみよう。

まず、CNDPについてはリーダーであるヌクンダ氏をルワンダ政府が拘束した。これは驚きをもって受け止められたようだが、Economistによれば、CNDP自体はコンゴ政府軍に再び統合される見込みだ。CNDPはヌクンダ氏が2003年に第2次コンゴ戦争終結とともにコンゴ暫定政権に加わり、2004年に反乱してから再びの統合となる。

この拘束劇の背景には、CNDP内でのボスコ・ヌタガンダ司令官の突然の離反があった。もともとヌクンダ氏もヌタガンダ氏もルワンダ政府軍(RPA)やその元となったルワンダ愛国戦線(RPF)の出身であることから、どちらの行動にも最終的にはルワンダ政府の関与があったと考えても良いのかもしれない。

次に、FDLRについてだが、こちらはもう少し壮絶で解体と言うよりは掃討となる見込みだ。コンゴ政府は、暫定的にルワンダ政府軍の国境内への進入とFDLRの掃討を許可した。

ルワンダはツチ系の政府であり、1994年の虐殺の主要な被害者であるツチ系を代表して、主要な加害者であるフツ系のFDLRを掃討することができることになる。すでに2009年1月31日時点でルワンダ政府軍はコンゴ領内に展開しはじめているが、深刻な人道的危機を伴う可能性も指摘されている。元々のCNDPの目的だったFDLR掃討をより強いルワンダ政府軍が行なうことになるため、報復的なジェノサイドとならないように国連の監視が必要だ。


・今後の展開は?

この新展開は、現在展開されている戦闘を終わらせるための一歩なのかもしれない。これにより、直接的にはルワンダのカガメ大統領には西欧諸国との外交関係の維持とコンゴ産の鉱物資源貿易の合法化などによる経済発展のメリットがある。また、前回の選挙以来人気が低迷しているコンゴのカビラ大統領は、平和を取り戻せば再び人気が出る可能性がある。

しかし、非合法組織の解体による安定化が目的とはいえ、ルワンダ政府軍が公式にコンゴ領内で戦闘を行なうことになる。ルワンダ政府軍はFDLRを掃討した後、速やかに撤退できるのか。コンゴ政府軍とルワンダ政府軍の直接戦闘に発展しないよう、国連による監視が必要である。


◇参考
・2009年1月23日、コンゴ民主共和国(DRC)で続く紛争の最重要人物、ローラン・ヌクンダ氏がルワンダ政府により拘束された。

"Jan 23 (Reuters) - Congolese Tutsi rebel leader Laurent Nkunda was arrested in Rwanda after he resisted a joint Rwandan-Congolese military operation designed to pacify eastern Congo, officials said on Friday."
(FACTBOX-Rebel leader Nkunda is arrested, Jan 23, 2009, Reuters)


・ヌクンダ氏拘束とCNDPのコンゴ軍への統合、およびルワンダ軍の越境によるFDLR殲滅は両国の合意に基づいて行なわれるとみられている。

"The two heads of state agreed to a simple swap. Rwanda would break up the CNDP and hand over Mr Nkunda, with a proviso that the CNDP’s fighters would be integrated into the Congolese army. In return, Congo would let several thousand Rwandan troops cross the border and smash up the Hutus’ FDLR. "
(An arresting and hopeful surprise, Jan 29th 2009, Economist.com)


・戦闘はツチ系の反政府勢力である人民防衛国民会議(CNDP)と、コンゴ政府軍の間で起きていた。

"On October 27,(略)The Congolese national army also carried out a "major retreat" due to pressure from the CNDP forces."
(2008 Nord-Kivu fighting, Wikipedia)


・CNDPの活動の目的はコンゴ政府が支援するフツ系のルワンダ民主解放勢力(FDLR)からのツチ族の防衛で、反乱は2004年に起きた。

"In 2004, Nkunda rejected peace deals that ended the last war. He accuses Kabila of arming and using a Rwandan Hutu rebel group, the FDLR, which includes perpetrators of the 1994 genocide, to fight with the weak and chaotic Congolese Army."
(Congo rebel says he supports peace process, November 16, 2008, Reuters)


・コンゴ政府が支援するフツ系民兵、ルワンダ民主解放勢力(FDLR)にはルワンダで虐殺に関与した勢力が含まれている。

"Nkunda has said he was fighting to protect his Tutsi people in eastern Congo against attacks by the Democratic Forces for the Liberation of Rwanda (FDLR), a Rwandan Hutu rebel group which controls parts of North Kivu. He says Kabila's government backs the FDLR, a charge the government denies.(略)The FDLR includes Rwandan ex-soldiers and members of Hutu Interahamwe militias which took part in the Rwandan genocide."
(FACTBOX-Rebel leader supports peace in Eastern Congo, Nov 16, 2008, Reuters)


・ルワンダ政府は同じツチ系であるCNDPのヌクンダ氏を支援していたと見られている。

"The austere Mr Kagame was increasingly embarrassed by reports, particularly a recent one by a panel of experts under the aegis of the United Nations, who detailed extensive links between Rwanda and the belligerent Mr Nkunda."
(An arresting and hopeful surprise, Jan 29th 2009, Economist.com)


・ヌクンダ氏は2003年に第2次コンゴ戦争終結とともにコンゴ暫定政権に加わり、2004年に反乱している。

"In 2003, with the official end to war, Nkunda joined the new integrated national army of the Transitional Government of the Democratic Republic of the Congo as a Colonel and by 2004, he was promoted to General. "
(Laurent Nkunda, Wikipedia)


・この拘束劇にはCNDP内のボスコ・ヌタガンダ司令官の突然の反乱行動があった。

"Earlier this month, dissident CNDP military commanders said they would stop fighting government troops, a move that appeared to sideline the movement's founder Nkunda. The announcement followed a split in the CNDP between leader Nkunda and his military chief, General Bosco "Terminator" Ntaganda, who is wanted for war crimes by the International Criminal Court."
(FACTBOX-Rebel leader Nkunda is arrested, Jan 23, 2009, Reuters)


・ルワンダ紛争での大量虐殺(ジェノサイド)があったとき、ヌクンダ氏はルワンダにおいてツチ系のルワンダ愛国戦線(RPF)に所属。

"During the Rwandan Genocide, the former psychology student traveled to Rwanda, joining the Tutsi Rwandan Patriotic Front (RPF) who were fighting against the Rwandan Armed Forces (FAR), the military of the genocidal Hutu-led government."
(Laurent Nkunda, Wikipedia)


・1994年、ルワンダ大量虐殺の終結とともにRPFは勝利し、ルワンダ政府軍となる。

"The climax of the war was reached on the 4th July 1994 when RPF, under the leadership of General Paul Kagame, took control of the whole country and rooted out the self-appointed genocidal government of Jean Kambanda, which was fuelling the killings."
(Paul Kagame, Wikipedia)


・ボスコ・ヌタガンダ氏はルワンダ政府軍の出身である。

"Bosco Ntaganda is a Congolese Tutsi who fought with the Rwandan Patriotic Army in the early 1990s and assisted in the overthrow of the Rwandan government at the time of the genocide in 1994."
(DR Congo: Suspected War Criminal Wanted, April 28, 2008, Human Rights Watch)


・すでに2009年1月31日時点でルワンダ政府軍は行動を開始している。

"KINSHASA, Jan 31 - Rwandan and Ugandan troops deployed in Democratic Republic of Congo to fight rebels will return home by the end of February, Congolese President Joseph Kabila told journalists in the capital Kinshasa on Saturday."
(Rwandan, Ugandan troops to quit Congo by end Feb, Jan 31, 2009, Reuters)


・これ以上コンゴでのヌクンダ氏の活動を支援した場合、ルワンダのカガメ大統領はイギリスからの支援を打ち切られる可能性がある。

"Britain, Rwanda’s most generous backer, gave warning that it would cut its aid if Mr Kagame did not clean up Rwanda’s act in next-door Congo."
(An arresting and hopeful surprise, Jan 29th 2009, Economist.com)


・戦争終結は、ルワンダのカガメ大統領にはコンゴ産の鉱物資源貿易の合法化などによる経済発展のメリットがある。

"Still, Rwanda has more to gain by co-operating with Congo. Rwanda’s economy grew tidily in 2008, with revenue from tea, coffee and tourism. As a new member of the East African Community, it can earn more by openly handling Congo’s metals, gems and hardwoods than it can by looting them, as in the past."
(An arresting and hopeful surprise, Jan 29th 2009, Economist.com)


・前回の選挙以来人気が低迷しているコンゴのカビラ大統領は、平和を取り戻せば再び人気が出る可能性がある。

"If the two neighbours do squash the FDLR and bring a semblance of peace back to the east, Mr Kabila could revive the peacemaking image that a little over two years ago helped him win Congo’s first democratic elections in more than 40 years."
(An arresting and hopeful surprise, Jan 29th 2009, Economist.com)


・コンゴ領内へのルワンダ軍の進軍は、失敗すればコンゴ政府軍とルワンダ政府軍の直接戦闘に発展する可能性を秘めている。

"But in the short run his decision to invite Rwandan soldiers into Congo has met stiff resistance from enemies and allies alike, who remember that Rwanda has invaded Congo twice in recent memory, both times to terrible effect."
(An arresting and hopeful surprise, Jan 29th 2009, Economist.com)

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